• 2020年1月30日木曜日
アリスト戦記
アリスト戦記 https://blog.aristo-solutions.net/2020/01/blog-post_93.html

泉佐野市の敗訴に見るITプロジェクト裁判との関連性

ふるさと納税で揉めに揉めた泉佐野市、まだ高裁だけど、やはり負けたか。

ふるさと納税除外訴訟、国勝訴 「裁量権の逸脱、乱用ない」―泉佐野市の請求棄却
ふるさと納税の新制度から除外したのは違法として、大阪府泉佐野市が総務相に取り消しを求めた訴訟の判決が30日、大阪高裁であった。佐村浩之裁判長は「総務相に付与された裁量権の行使に逸脱、乱用はない」として、市の請求を棄却した。

泉佐野市の主張は一貫して「法律に違反していない」だけど、それが通用しないことが大阪高裁によって示された。

これがどういうものか、ITプロジェクト裁判と比較して考えてみたいと思う。



泉佐野市の論点

泉佐野市の主張は非常に分かり易く一貫している。


  • 法律に違反していない。
  • 法律が変わったのは最近のことで、当時は法律違反ではなかった。
  • にも拘わらず過去に遡って罰するのはおかしい。


あくまで法律を争点に持って行こうとしている。
対して、大阪高裁の判決の趣旨はこれ。


  • 泉佐野市は、総務省が出した是正通知に従うべきだった。


大阪高裁は、法律を争点としていない。争点は是正通知である。
法律の遡及性うんぬんを唱える泉佐野市の主張は相手にされていない

では、何故「法律」が論点にならないのか?
僕はこういうことだと思う。

ITプロジェクト裁判で考える

「法律」を、IT裁判で言うところの「契約書」に置き換えて考えてみると、スッキリする。

例えば、契約書の内容が「〇〇業務を遂行する為のシステム開発」だとして、総務省が発注側、泉佐野市が実行側だとしよう。
ただし、この契約書には穴が多くて、本来記載して決めておくべき内容が抜け落ちている状態になっていた。

ふるさと納税の問題も、元を辿れば法律が緩かったことに起因する。

ここで問題は、「契約書や法律に記載が無ければ知らんぷりを決め込んで良いのか?」ということになる。

答えはNOだ。

例に挙げている、「〇〇業務を遂行する為のシステム開発」のプロジェクトの成果物が出来上がってきて、実際動かしてみたとする。
ところが、挙動が重くて重くてとても使えたものじゃないというトラブルが発生したとしよう。
でも、契約書には処理速度に関する記載が無い。


  • 契約書に処理速度に関する記載が無い。
  • でも、出来上がったシステムは遅過ぎて使用に耐えられない。


この状況に至った時、どう判断するか?
「契約書に記載が無いから処理速度は責任を負う所ではない」なんて通らないのよね。

何故なら、「〇〇業務を遂行する為」という部分は分かっているから。
「〇〇業務を遂行する為のシステム」という趣旨は知っておきながら、作ったシステムは業務遂行不能なシロモノだった。

この際、「開発側は悪くない。何故なら、契約書に記載が無いからだ」なんてのは通らないわけよ。

これと同じ原理が泉佐野市の敗訴にも働いているのだと思う。

泉佐野市敗訴の原因

泉佐野市が敗訴した原因は、裁判は法律の文面だけが全てではない、ということだろう。

総務相は自治体に対し寄付の枠組みでふるさと納税の運用を求める通知を4回にわたって出しており、返礼品が突出していた泉佐野市は通知を受けた段階で運用を是正すべきで、新制度の対象とされなかったとしても「地方自治法に反しない」と結論付けた。

つまり、ふるさと納税というプロジェクトの趣旨は、法律には記載不十分だったかもしれないけど、追って総務省より説明が追加されている。
従って、総務省はプロジェクト遂行に向けた説明責任を果たしていると言えよう。

対して、泉佐野市は法律に無いという理由で知らんぷり。即ち、ふるさと納税というプロジェクトを成功させる意思が全く無いということになる。

これは完全に善管注意義務違反でしょう。

これがね、泉佐野市が一回目の是正勧告を受けた段階で対応取ってたら話は変わるんだ。


  • ふるさと納税プロジェクトの途中で新しい通知を出されても急には対応しかねる。
  • 通知を受ける以前に集めてしまったAmazonギフト券の部分は、穴のある法律を作った総務省が悪いとして、認めて頂きたい。
  • 通知は受け入れるが、急に別のふるさと納税品を用意することは出来ないので、今しばらくの時間的猶予は認めて貰いたい。


みたいな感じに、可能な範囲での協力姿勢を示していたならば、善管注意義務違反に値する部分も無く、泉佐野市が敗訴する材料も無かっただろう。
この手の揉め事はゼロかイチかって整理にはならないから。

だが、今回の泉佐野市は、ふるさと納税に対して決定的に非協力的。
法律面において総務省の落ち度なんて吹き飛んでしまうくらいの、圧倒的な善管注意義務違反が存在した。

これが敗訴の原因だろう。

今後

このように、ITプロジェクトにしろ、ふるさと納税にしろ、裁判では「契約書に無いからこれで良い!!」「法律に触れてないからこれで良い!!」のような机上の話にはならないということだ。

過去の経緯、契約書や法律に関する双方の認識の深さ、契約書や法律を保管する追加説明の有無、追加説明を行った時期、議事録、証跡、などなど、ちゃんと経緯経過や努力加減まで吟味した上で判決は下される。

通知は技術的助言で法的拘束力がないだけでなく、総務相は法的規制を過去にさかのぼって適用しており「裁量権の逸脱、乱用だ」と主張

泉佐野市はあくまで「法律のみ」を論点としたいようだが、それは無理だろう。

四回にも渡るプロジェクトマネージャーからの強い要請を「単なるコメントであって命令とは思わなかった」と言い逃れするのは厳しいし。

また、遡及性について論じるにしても、「追加説明に遡及して背反が無いか?」が論点であって、もはや法律は論点ではない。追加説明=エビデンスだから、「追加説明は無効」なんて通らない。


「追加説明は無効。法律のみが正」


ここだけが泉佐野市の拠り所だったが、全く通用しなかった。その結果が泉佐野市の敗訴である。

さて、この判決はまだ高裁だから、もしかしたら最高裁まで行くかもしれない。
最高裁の判決も見守りたいところだが、やはり泉佐野市の「追加説明は無効。法律のみが正」という論調は全く相手にされないのではないか。

となると、戦う余地がある部分としては、


  • 泉佐野市は、ふるさと納税というプロジェクトの参加メンバーとして、プロジェクトを成功させる意思が存在したのか?


という善管注意義務の部分が残る。

泉佐野市が最高裁で勝訴するには、「いやいや、私達はちゃんと善管注意義務も果たしたと主張出来ます」「総務省の指導に従わなかったのは、それが不可能なやむを得ない事情があったからなのです。ただ乱暴に無視したわけではありません」「にも拘わらず、総務省はそれら事情を酌量しない。これは横暴、裁量権の乱用だ!!」という論調に持って行けるかどうかだと思うんだけど。。。

しかし、今更「やむを得ない事情」なんて持って無いよね。
どう見ても、意図的に、ふるさと納税プロジェクトに背を向けた行為を繰り返したから。

裁判を戦う為の材料が壊滅していると思う。
やはり最高裁で逆転する目は無いのではないか。。。

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